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高知地方裁判所 昭和23年(行)96号 判決

原告

刈谷直広

被告(昭和二三、(行)第九六号)

佐川町農地委員会

高知県農地委員会

被告(昭和二四、(行)第五号)

高知県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

請求の趣旨

被告佐川町農地委員会が高岡郡佐川町字尼ケナロ乙六百四十七番山林一反一畝十二歩の下半部六畝歩につき昭和二十三年四月二十一日定めた買収計画並に被告県農地委員会がその後この買収計画に与えた承認はこれを取消す。被告知事が右山林につき同年七月二日附の買収令書によつてした買収処分はこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告は、その請求の原因として、被告佐川町農地委員会は請求の趣旨記載の山林につき昭和二十三年四月二十一日未墾地買収計画を定め、被告県農地委員会がその後この買収計画に承認を与えたので、被告知事は同年七月二日付で買収令書を発行し同年十二月二十二日これを原告に交付した。しかしながら本件山林は下方の水田の水源であるからこれを開墾するとその水利に害があるのみならず原告はこの山林以外に山林が僅か三反余しかないのでこれを失えば忽ち自家用薪炭林にことを欠き独立の農家としての経営に支障をきたすようになる。その上、買収地上にある松の樹はまだ伐採期でなく今後十年位すれば立派な用材になるもので今伐採すると損失が極めて大きい。そこでこの山林は開墾に適しない。仮りに開墾適地であるとしても原告自ら開墾する希望があるのにこれを無視して買収計画を定めたのは違法である。従つてこの山林を開墾適地として買収手続に着手しそれを遂行した被告等の処分はいずれも違法である。原告はその取消を求めるため本訴に及んだものであると述べた。(立証省略)

被告県農地委員会指定代理人は先ず本案前の弁論として、原告は当初被告が原告の提起したその主張の買収計画に対する訴願を昭和二十三年六月二十四日に棄却した裁決を違法であると主張してその取消を求めながらその後被告がこの買収計画に与えた承認が違法であると主張してその取消を求めるようになつたがこれは請求の基礎を変更するものであるから異議がある。仮りにこの異議が採用せられないとしてもこの変更は昭和二十三年十月十八日に申立てられたものであるが、被告が右買収計画に承認を与えたのは昭和二十三年七月二日のことであつてこれに対する出訴期間二箇月が既に経過した後の申立であるから新訴は不適法であると述べ。

被告等各代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、原告の主張事実に対し、被告町農地委員会が原告主張の山林につき原告主張のような買収計画を定めたこと、被告県農地委員会がその後この買収計画に承認を与えたこと及び被告知事が原告主張の月日買収令書を発行しこれを原告に交付したことは認めるがその余の事実はすべて争う。被告町農地委員会は本件山林が実地調査の結果開墾適地であることを確認して買収計画を定めたものでこれには何等の違法はない。従つて被告県農地委員会のこれに対する承認、被告知事の買収令書の発行、交付に何等違法はないと述べた。(立証省略)

理由

先づ被告県農地委員指定代理人の訴の変更に対する異議の点から判断する。原告は当初本件買収計画に対する訴願を棄却した被告の裁決が違法であると主張してその取消を求めていたがその後昭和二十三年十月十八日の口頭弁論期日において被告が右買収計画に与えた承認を違法であると主張してその取消を求めるようになつたことは記録上明らかであるが、この新訴及び旧訴はいずれも等しく本件山林の買収計画の違法を理由とする取消請求権をその請求の基礎とするものであつて請求の基礎を変更したものではなく且つこの訴の変更は著しく訴訟手続を遅滞させるものでもないからこの異議は理由がない。次に被告はこの新訴が出訴期間を経過していると主張する。その主張するように被告が若し本件買収計画に対し昭和二十三年七月二日承認を与えたものとすればその後原告が訴を変更した同年十月十八日には既にこの承認に対する二箇月の出訴期間が経過していることは明瞭である。しかしながら行政事件中のいわゆる抗告訴訟において適法な訴の変更があつた場合はこの新訴は出訴期間の点では最初の訴が提起されたときその提起があつたものと考えるのが相当である。しからば原告の新訴は適法であるといわねばならない。

そこで本案について判断する。被告町農地委員会が高岡郡佐川町字尼ケナロ乙六百四十七番山林一反一畝十二歩の下半部六畝歩につき昭和二十三年四月二十一日未墾地買収計画を定めたこと、被告県農地委員会がその後この買収計画に承認を与えたこと及び被告知事が同年七月二日附で買収令書を発行し同年十二月二十二日これを原告に交付したことは当事者間に争がない。原告は本件山林を開墾すると下方の水田の水利に害があると主張し証人徳弘芳吉のその旨の証言があるが、これは検証の結果に照し信用し難く他にこれを認めるに足る証拠がない。而して自作農創設特別措置法にいわゆる未墾地買収は自作農の創設又は土地の農業上の利用を増進するため政府が必要と認めた土地につき行うものであるが、その買収にあたつて政府は当該土地を買収して開墾することよりその所有者の蒙る損害とこれにより達成される農業生産力の増進とを比較し、現下の窮迫した食糧事情その他諸般の事情に照し相当と認める土地を選ぶべきこともとよりいうまでもないことである。ところで証人堀見勝昭の証言、被告町農地委員会会長本人訊問の結果を総合すると原告はその主張に反し本件山林の外に四反歩以上の山林を所有し、本件山林を買収されても薪炭林に不足するものでないことが認められる。これに反する証人徳弘芳吉の証言は採用しない。しかも検証の結果により本件買収地上に相当年数を経た若干数の松の樹がはえていることは明らかであり、これを開墾すれば原告がその木材を所期の目的に使用するため支障をきたすこともあるだろうと推測はできるが、しかしかような原告の損害はそれだけではまだ、反証が何もない以上一応前記の諸般の事情を比較考量の上定められたと推定するを相当とする行政処分としての本件買収処分を妨げる、すなわち本件山林を開墾不適地とするに足る事情とは到底考えることができない。しからば本件山林は原告の主張に反し開墾適地であると考えざるをえない。更に自作農創設特別措置法には所有者自ら開墾の希望がある土地を当然買収から除外すべき旨の規定はない。もつとも同法は第五条において新開墾地等の農地を買収より免除することを認めこれにより開墾をしようれいする態度を示しているので場合によりこの希望がある土地を買収することは不当であるということはできよう。しかし所有者の内心の意思はこれを確かめることが困難であり、他面右法律は急速且つ広汎に自作農を創設することを目的としている。従つて実質的な面からいつても所有者の希望を顧慮しないで定められた買収計画が当然違法となると考えるべき根拠はない。そこでこの点の原告の主張も採用し難い「しからば被告等の本件買収のための処分に何等の違法はないというべきで、これを違法としてその取消を求める原告の本訴請求はすべて失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(森本 安芸 谷本)

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